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  アワダテキ     
   
気まぐれに、日常の食事とは違う手間のかかる一品に挑戦してみたくなる私ですが、「泡立て」と言ったらハンドミキサーでした。 遠い昔一度だけ、生クリームを手作業で泡立てることに挑戦し、気長に同じ動きを繰り返す作業がとっても大変だったという記憶があります。あくまでも完成が楽しみな私は、「泡立て」は工程の一つであり、手早くできることが大事でした。

それなのに最近、ハンドミキサーを出して、機具を装着し、電源プラグをコンセントに差し込み、作業後また機具をはずし、洗って乾燥させ、機具をきれいにし、コードを巻いてしまう。この行為にハードルを感じるようになってきていました。
泡立て器1本、さっと取り出し、使用後さっと洗って乾かして、片付ける。なんだかこちらの流れがとても魅力的に思えます。あとは作業の労力とかかる時間が完成の喜びに見合うかどうか、などととつべこべと思いながら「楽そう」な魅力に誘われ泡立て器の購入を検討しました。
購入前の選定では、見た目と洗いやすさ・耐久性からオールステンレスで継ぎ目や段差等が少ないすっきりしたデザインのものを私は望んでいました。つまり、泡立てにかける大変な労力はどの泡立て器でも同じ、と泡立て器を甘く見ていました。


柳宗理デザインシリーズ 泡立て[佐藤商事]/φ80×300mm

ところが!です。こんなに泡立て作業は面白いものだったのか!この柳宗理さんの泡立て器を使ってみて驚きました。 確かにハンドミキサーより労力は必要ですが、やめたくなるような作業ではなく、ゴムのグリップが手に馴染み、泡立てる動きに機具の重量がとてもバランスよく、その作業がとても快適です。

そして、液体状の材料が徐々に空気を含み白っぽくもったりとして変化していく様を、この自分の手で行う興味深さは、感動です。ハンドミキサーでは味わえなかった感動です。

こんな風に、よく考えられた機能が、何でもないような形でその場に馴染む。何でもないような機能が小さな感動に繋がる。そんなデザインを私は目指しています。
例えば、何でもないようなそのドアを開けると、出会う景色。
例えば、何でもないようなその段差を上るそのリズム、そして出会う空間。
そのドアを自分で開けること、その一段を自分で上ること、日常のさり気ない動作が小さな感動に繋がる。 動作の労力には意味があり、労力は報われる。そんなことを大まじめに考えながら設計を行っています。
2011.(吉野 百合江)


YUITO ARCHITECTS & ASSOSIATES